No.61 INDEX

YR-MAG No.61

TR-MAG.

2020 AUTUMN

NO.61

BACK NUMBER

子どもの頃から東京23区の地図帳を眺めていた僕が興味をもっていた地名に、「今井」がある。東京の東の端の江戸川区のさらに隅っこの旧江戸川べりに、路面電車の停留所風に丸囲いをして記されたそれは、当時(昭和40年頃)のトロリーバスの終点で、周辺の町名が今井ではないのがより好奇心をかきたてた。

小松川のほうから今井にやってくるトロリーバスのルートの前身は、大正時代に開通した城東電車というローカル線で、その後短期間ながら東京市電、そして都電の系統に所属していたこともある。錦糸町あたりから都バスに乗って、この城東電車とトロリーバスが走っていた町を訪ね歩いてみたい。

錦糸町駅前(南口)から「錦25」(錦27でもよい)系統の都バスに乗る。京葉道路と四ツ目通りが交差するココ、都電時代は「錦糸堀」(怪談でおなじみ“おいてけ堀”の舞台ともされる堀があった)の電停が置かれていたが、城東電車の始点も交差点の南東方に存在した。この錦糸町の南口は「楽天地」と呼ばれる小浅草的な歓楽街だったのだ。

亀戸駅前の交差点を過ぎると、水神森という北方の亀戸水神に由来する城東電車時代からの古称がバス停に残る。ちなみに、トロリーバス(101系統)は上野公園から根津、谷中を通って、入谷から浅草、押上を経由して亀戸のこの交差点から小松川方面へ向かっていた(今も都バス「上26」と「亀26」を乗り継いでトロリーバスルートを辿ることができる)。

亀戸九丁目の車窓右手、交番の角から枝分かれする道が城東電車(都電25系統)の専用軌道で、盲腸状に1キロほど進んだ荒川手前に西荒川という寂しい終着駅があった。須田町の行先(日比谷まで行くのもあった)を掲げた1500形の都電(この線の主力車両)が住宅裏の小駅にポツンと停まっている写真が所蔵する加藤嶺夫(かとうみねお)氏の写真集『東京消えた街角』に載っているが、ホーム脇に楽天地の映画館の看板が写り込んでいるのが往年の生活風景(この電車でたまに錦糸町まで映画を観に行く・・・)を想像させる。

さて、僕は荒川に架かる新小松川橋を渡った先の小松川警察署前でバスを降りて、道向こうの横道をとろとろと南下した。首都高に突きあたって、右手の荒川の堤下あたりに城東電車の東荒川の乗り場があったという。城東電車の東荒川—今井間の開通は大正14年(1925)、当時荒川(放水路)は建設工事中の時期だったが、つまり川幅が広過ぎて向こう岸(西荒川)への架橋を断念したのだ。東荒川のホームの脇には小野原稲荷という神社があったようだが、この神社、敷地をやや縮小させながら、新築住宅の裏手に存在している。

今井街道に出た僕は松江から再び都バスに乗った。ところでこの松江の商店街のあたりで歩道に注目すると、路面にトロリーバスのレリーフを発見できる。トロリーバスのルートの中でもいち早く昭和27年(1952)5月に運行が始まった上野公園—今井間(101系統)、これに伴って東荒川—今井間の電車は廃止された。という書き方をすると、電車も今井街道の路面を走っていたように思われるかもしれないが、奥まった東荒川の周辺はともかくとして、松江、一之江のあたりも路面ではなく20メーターかそこら離れたところを街道と並行するように走っていた。一之江五丁目バス停から近い一之江境川親水公園内に小川に渡されていた昔の線路の一部が残されているけれど、コレ、場所はほぼ往時の位置として、その角度は公園整備された時にアレンジされたように思われる。ちなみに、親水公園のフェンス越しに見える池に囲まれた印象的な塔や庭園は、国柱会の妙宗大霊廟という施設で、城東電車の開通まもない昭和3年(1928)からこの地に存在する。

にぎやかな都営地下鉄新宿線一之江駅の横を通過して瑞江大橋(新中川)を渡ると終点の今井。ほんのひと頃まで都営マンションの一階にトロリーバスの時代からの車庫の一部が残されていたはずだが、今はない。愛読する林順信(はやしじゅんしん)氏(都電・都バスを勢力的に撮ったカメラマン)の写真集『都バス・東京旅情・東部編』(大正出版)に、クモの巣のように張られた架線の下に何台ものトロリーバスが円を描いて並ぶ全盛期ラッシュアワーの今井乗り場の光景が記録されている。う〜ん、つくづくこの時代の今井へ行ってみたかった。

いずみ・あさと

1956年東京生まれ。コラムニスト、作家。慶應義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」「ビデオコレクション」の編集者を経てフリーに。東京や昭和、サブカルチャー、街歩き、バス旅などをテーマにしたエッセイを発表する一方、テレビにも出演しコメンテーター、司会等を務める。著書に『大東京23区散歩』『カラー版 東京いい道、しぶい道』、小説『還暦シェアハウス』『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』、短編集『夏の迷い子』など多数。

BACK NUMBER

ページトップへ戻る