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TR-MAG No.59

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2020 SPRING

NO.59

昭和30年代の渋谷の駅前には都電やバス(都バス、東急、小田急、京王)ともう1つ、トロリーバスというのが入り込んでいた。〝無軌条電車〟なんていう呼び名も当てられていたこの都営交通は、バス車両の屋根に付けられたポールから、架線の電気を取り込んで走る、路面電車とバスの合体車みたいな乗り物で、都内に4つの系統があった。

昭和27年(1952)に上野公園と江戸川区の今井の間に設備された路線が最初だが、僕にとってなじみ深いのは池袋から渋谷を経由して品川まで行っていた102という系統で、これは昭和30年代初めに運行が始まって、昭和43年(1968)の3月〈渋谷―品川間は昭和49年(1974)暮れに廃止〉まで走っていた。つまり、15年にも満たない短命の交通システムだったのだ。

僕がよく見かけたのは池袋の東口だったが、コースは明治通りを一直線に南下して、宮下公園の手前で山手線のガードをくぐって渋谷の西口の方へ進んで行く。今のスクランブル交差点の所を左折して東口の方へ回り込むバスもあったはずだが、品川方面へ行くバスはスクランブル交差点を右折、道玄坂を上って246から環6(山手通り)という進路をとるのだ。

このトロリーバス、僕は惜しくも乗りそこねたが、カミキリムシの触角みたいな2本の長いポールをクニョンと斜めに寝かせるようにして、路端のバス停の方に寄って器用に停車する様子がおもしろかった。ボディーカラーは、濃淡のグリーンを基調にした、ひと時代前(昭和33年頃まで)の都バスの塗装を最後まで留めていた。

トロリーバスが走行する道玄坂の中腹あたりに差しかかると、もう1つ、傍らの専用軌道から玉電が合流してくる。玉電こと東急の玉川線は、晩年にかろうじて乗車体験のある思い出深い電車だ。

玉電(当初、玉川電気鉄道)の歴史は古い。そもそも多摩川原の砂利輸送を目的に明治40年(1907)に敷設されたのだ。以降、沿線の電力供給や宅地開発に貢献することになるわけだが、交通渋滞を主因に昭和44年(1969)5月初めに廃止された。僕が中学生になった春のことである。

玉電の姿を初めて目のあたりにしたのは、そのちょっと前、小6の〝おわかれ遠足〟みたいな催しで横浜北部の「こどもの国」へ行った時だったと思う。新宿・落合あたりの小学校から観光バスで行ったのだが、246に入って、三軒茶屋、中里あたりの路面を時折道端の専用軌道に外れながら並走する玉電(特に丸っこい200形)の光景が今も目の底に焼き付いている。

そして、受験した中学校に晴れて入学した5月、知り合ってまもない鉄道好きのS君と玉電の最終運行日に渋谷へ繰り出した。この日、5月10日は土曜日だから授業も半ドンだったはず。

玉電の乗り場は、東横百貨店西館の2階通路の端、井の頭線の改札の脇のような寂しい場所にひっそりと存在していた。S君は本格的な一眼レフカメラを携帯していたが、僕は小6の誕生日の頃に買ってもらったリコーオートハーフという当時ハヤリの小型カメラでさっそくホームに入ってきた玉電を狙った。ペコちゃんの愛称で呼ばれた200形と90年代頃まで世田谷線で活躍した80形のスナップが今も手元にある。

乗車した玉電は井の頭線と銀座線車庫の狭間の専用軌道(現在の渋谷マークシティのプロムナード)をしばらく上って、道玄坂の車道に合流。間もなく上通(かみどおり)という1つ目の電停に停まる。

当日、確か三軒茶屋あたりまで行ったはずだが、終点の二子玉川園や支線の砧線の方までは行かず、東横デパート(西館だったと思う)で開催されていた〝玉電サヨナラ部品セール〟みたいなのに立ち寄った。その時ゲットした、銅製のドアの把手とブリキらしき質感の料金箱が手元に保存されている。

とりわけ後者の料金箱からは後日、思わぬ〝お宝〟が出現した。愛川欽也さんがご健在だった頃のTV番組『出没!アド街ック天国』の渋谷特集の折に僕はこの玉電料金箱を持参して出演した。長らくただのカラ箱と思い込んでいたのだが、何かの拍子に欽也さんが逆さにして振ったところ、中からハサミの入った当時のキップが2、3枚、ハラハラと舞い落ちてきたのである。なんだか、大きな子持ちカレイに当たったような、ありがたい気分になった。

いずみ・あさと

1956年東京生まれ。コラムニスト、作家。慶應義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」「ビデオコレクション」の編集者を経てフリーに。東京や昭和、サブカルチャー、街歩き、バス旅などをテーマにしたエッセイを発表する一方、テレビにも出演しコメンテーター、司会等を務める。著書に『大東京23区散歩』『カラー版 東京いい道、しぶい道』、小説『還暦シェアハウス』『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』など多数。

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