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応募締切:令和4年10月31日(月)まで

今回歩くのは、都心の白金から麻布を貫く道だ。ナンタラ街道、というような、正式な道路名は付いていないが、明治の頃には主要な筋になっていた古道といっていいだろう。

出発点は渋谷駅前から田町のほうへ行く都バスの停留所のある三光坂下(さんこうさかした)。この先から四之橋のほうへ進んでいくつもりなのだが、まずは反対側に口を開けた三光坂を上がってみたい。すぐ横に専心寺という寺があるけれど、ここに植わっていた「三葉(三鈷(さんこ))の松」というのが名の源らしい。坂を上りきった左手には銀座和光の創業者・服部金太郎の邸宅(売却されたが建物や庭は保存されている)が立派な塀に囲われて広がっている。

三光坂下

四の橋市場

バス通り南側の台地の邸宅街に対して、北側に口を開けた「白金商店街」の雰囲気は庶民的だ。この道、ひと昔前は「四の橋商店街」というアーチ型の看板を入り口に掲げていたのだが、シロガネーゼなんてフレーズがハヤった頃だったか……白金商店街と名を改めた。とはいえ、ちょっと歩くと右側に「四の橋市場」という古びた看板を張り出した、昔の町のマーケット(木造モルタルの2階屋の4軒くらいの個人商店が入っている)が残っている。そして、進路のちょうど正面にはユニークな形状(上層部が扇のように広い)をしたタワーマンション「元麻布ヒルズ」が見える。そんな新旧の景色のコントラストがおもしろい。

歩くたびに商店の数は減って、マンションに変わっているような感じだが、四之橋の手前、商店街の北口角に建つ「メンズショップ コバヤシ」という洋服や傘を並べた店の窓に昔の商店街の写真が飾られていた。なんと〈昭和5年(1930)撮影〉と記されているが、商店街は人であふれかえるように混み合い、よく見るとあの「四の橋市場」がすでに建っている。店内のご主人に伺ってみたところ、明治時代の終わり頃にはすでに賑わっていたらしい。「三光坂のほうへ行ったあたりに銀座のガス灯を作る大きな工場ができたとかで、明治43年(1910)に商店街ができあがったって話ですよ」

そうか、銀座のガス灯とつながっていた町なのか……。

首都高が上に被さる古川に架かる四之橋と、かつて都電が走っていた広い道を渡ると町名は南麻布となって、また上り坂が始まる。道の両側はイラン大使館、坂は薬園坂と名付けられているが、西側に徳川幕府の薬草園が置かれていたようだ。そちらの横道は込み入っていて、散歩好きには楽しい。本村小学校というのがあるけれど、この小学校の脇の袋小路の突き当たりに数年前まで、「衆楽園」という野ざらしの釣り堀屋があった。閉業したと聞いたが、行ってみると戸が開いていて、まだ池はそのままになっていた。生き残った魚(ヘラブナが多かったはず)をいまも飼育しているのかもしれない。

元の道に戻って先へ進むと、仙台坂上の五差路に出る。書いていても坂が多いことを実感するが、この仙台坂の名は伊達仙台藩の下屋敷が由来だ。道なりに直進して行くと、左に大谷石とステンドグラスが美しいキリスト教会の安藤記念教会〈大正6年(1917)竣工〉、右に麻布氷川神社、そのすぐ奥に白金商店街で垣間見えた元麻布ヒルズがすっくと聳え立っている。

横道を下り衆楽園へ

一本松

左側の西町インターナショナルスクール(外国人学校の草分け)の裏手にも麻布の古い伝説が残る「がま池(現在は高級マンションの敷地内に縮小されて保存)」や六本木ヒルズ方面を見渡す絶景ポイントなどの名所があるけれど、来た道をさらに直進すると尾根の頂にあたる坂道の分かれ目に「一本松」という『鬼平犯科帳』なんかにも登場する江戸の名松がある(いまの松は植えかえられたものだが)。

歩いてきた道が一本松坂で、左側に狸坂、暗闇坂が谷のほうへと急に下っている。直進というか、やや弓なりに大黒坂を下って行くと麻布十番の中心地に整備された「パティオ十番」の緑地が見えてくる。童謡「赤い靴」の女の子の可愛らしい像が設置されているが、ちょうどカップルにぴったりの年頃の男の子が、立像の脇に座りこんでいた。「赤い靴」の舞台は横浜が有名だけれど、なんでも「きみちゃん」という歌のモデルになった女の子がいた孤児院がこの周辺にあったらしい。

大黒坂を下り麻布十番へ

泉麻人 いずみ・あさと

1956年東京生まれ。コラムニスト、作家。慶應義塾大学商学部卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」「ビデオコレクション」の編集者を経てフリーに。東京や昭和、サブカルチャー、街歩き、バス旅などをテーマにしたエッセイを発表。著書に『大東京23区散歩』、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』、短編集『夏の迷い子』など多数。東京新聞ウェブ連載の路線バス旅エッセイの第2弾『続・大東京のらりくらりバス遊覧』、初期のコラム集『泉麻人 黄金の1980年代コラム』(三賢社) 、『銀ぶら百年』(文藝春秋)など多数。

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